日曜日の静寂さ

オランダに住み始めて驚いたのは、日曜日の「静けさ」です。 特に午前中は、街のメインストリートや大型ショッピングモールでさえ多くの店がシャッターを下ろしたまま。
営業が始まるのは午後からで、それも夕方5時ごろには閉まってしまうという、非常に短い営業時間です。
日本では当たり前のように見かける「日曜日に家族連れでショッピングモールが賑わう」という光景は見かけません。
日曜日にまとめてショッピングしようと考えていても、お店が全然開いていないなんてことがあります。
皆さんも旅行で欧州を訪れた際に、日曜日はお店が開いてなかったという経験をしたことがあるかもしれません。
この習慣の根底には、キリスト教の「安息日」という伝統がありますが、現在のオランダでは人口の約60%が無宗教と言われています。(参照:オランダ統計局:主な宗教の推移(2024年))
この「安息日」は、神への礼拝のためというより、「日曜日は家族や大切な人と過ごす時間」という文化や習慣として根付いています。
週末ショッピングはいつするの?
人流のピークは土曜日
「土日に集中しない」という感覚は、人流データにも現れています。Google Mobility Reportsなどのデータを見ても、欧州の主要都市では土曜日が最も人出が多くなります。
欧州の都市部において日曜日の「小売・レクリエーション」への人出は土曜日に比べて30%〜50%程度低い傾向が恒常的に見られます。(参考:Locatus:欧州主要都市の人流データ)
金曜の午後と土曜日が日本でいう週末ショッピングの日で、日曜日は「買い物などに出掛ける日」ではなく「家や公園などで家族や大切な人と過ごす時間」とされています。(参考:オランダ統計局:移動トレンド推移)
平日の「夕方ショッピング」
平日の17:00〜18:00の仕事終わりにはスーパーが非常に混雑します。これは日本でも見られる光景ですが、スーパーだけでなくショッピングモールで子どもやパートナーとショッピングをする若い世代もたくさん目にします。また、男性を多く目にするのも日本とは異なる風景です。これは「残業をせずに帰宅する」働き方が徹底されている証拠でもあります。
30代、40代のお父さんが15時過ぎに子どもを学校に迎えに行き、そのまま買い物に向かう光景も珍しくありません。
華金ならぬ「華木(ハナモク)」
Koopavond(ショッピングの夜)
木曜日(または金曜日)は、Koopavond(ショッピングの夜)とされ、営業時間を21:00頃まで延長するお店がたくさんあります。
オランダの店舗営業時間は法律(Winkeltijdenwet)で厳密に管理されており、「宗教的伝統」と「労働者の保護」という2つの大きな目的から夜間や日曜日の営業が厳しく制限されていました。
共働きの家庭や日中働いている人々が、平日の仕事終わりにゆっくり買い物ができるように設けられたのがこの「Koopavond」です。
木曜日はプレ週末とされ、金曜日を在宅勤務や休日にする人が多く、実質的な週の締めくくりが木曜日となっています。
15時のテラス席
実際に、木曜の15:00を過ぎるとオフィス街のカフェやレストランのテラス席は片手にビールやワインを持ったビジネスパーソン達で大賑わいです。
「木曜日のこんな時間から?!」と驚きましたが、今ではこの光景にも慣れてきました。
「仕事<人生」なんだと気付かされる1コマです。「ワークライフバランス」という言葉を日本ではよく耳にしますが、「ワークとライフのバランスを取る」という感覚がそもそもナンセンスで、ワークはライフの一部分でしかなくて、自分のライフをどう生きるか、どう楽しむかが最も重視されているのだと思います。
OECDの調査では、オランダは「世界で最も週の労働時間が短い国」の一つとされています。また、週平均約30時間程度でありながら、時間あたりの労働生産性は日本より遥かに高く、世界でもトップクラスです。
OECD - Hours Worked / OECD - Labour productivity
便利さの裏側のコスト負担
提供者の幸せ、消費者の不便
オランダで木曜の15時からテラスで飲んでいる人たちは、果たしてサボっているのか?
木曜の15時からテラスで飲んでいる人たちがたくさんいる、ということは、どこかのサービスが滞っていて消費者は不便に陥っているということになります。
しかし、それは「しょうがないこと。」として社会全体で受容しているということです。
日本のように「お客様は神様」という概念はなく、提供者と消費者は常に対等です。提供者が自身の幸せを優先し、結果として消費者が少し不便を被ったとしても、それを「お互い様」として許容する社会の姿勢があります。
駅前でおにぎりの移動販売をしていると、この「対等さ」を肌で感じることがよくあります。寒い中や暑い中売っていると、「こんな中販売してくれてありがとう」と声をかけてくれる人が多いのです。時には、温かい飲み物を差し入れしてくれたり、チップをくれる人もいます。

多くの人が「売ってくれてありがとう。」と言って受け取ってくれる。「お金を払っているから当然」ではなく、互いへの敬意がベースにあるのを感じます。
日本の「おもてなし」と過度なストレス
24時間365日営業のコンビニは日本の象徴です。一生懸命働き、相手に喜んでもらう「サービス精神の塊」ですが、これは自分の犠牲の上に他人の幸せが成り立っている側面があります。
充分なサービスが受けられる反面、そのサービスを提供している誰かがいて、もしかしたらその誰かは何かを犠牲にしている可能性があります。これは時間だけではなく、質の面でもこのようなことが言えるのではないでしょうか。
日本は「真面目で清潔。」これは世界に誇れることですが、これを維持するために、過度なストレスがどこかにかかっていることは少なからず感じます。
少し飛躍しますが、「KAROSHI(過労死)」は英語にもなっており、このような現象は他国ではほとんど考えられないことです。
一方、欧州の不便な日曜日は、「ちょっとした不自由」を全員で分担し、代わりに全員が「自由な時間」という配当を受け取っています。
マンションのエントランスに積まれた荷物

配送事情もこの考え方を象徴しています。マンションのエントランスに荷物がドサッと置いてある光景をよく目にします。配達員は、配達先が不在の場合、隣人のインターホンを鳴らして、在宅の人にドアロックを開けてもらい荷物をエントランスに置いていきます。
もちろん盗難リスクはありますが、「100点の確実性」のために誰かが疲弊するより、「80点だけど効率的」な仕組みを社会が選んでいます。
配達員は、一軒ずつチャイムを押す手間が省け、早く仕事が終わるし、受取人は、家で待機する拘束から解放されるし、再配達を待ったり、どこかに受け取りに行く手間が省けます。もちろん配達BOXがスーパーやショッピンモールにはあり、そこで荷物を受け取ることも可能です。
このシステムは、規範意識が高く、かつ合理的で寛容なオランダ人の気質がもたらすものかもしれません。
日本だと盗まれる心配は少ないけれど、プライバシーやセキュリティを求めてそのような宅配方法は社会が許容しない気がします。また、他国では盗難の可能性が非常に高く、セキュリティ上も容認されないように感じます。
「豊かな社会」とは
日本のサービスは「100点」かもしれません。しかし、その満点を維持するために誰かが犠牲になっているとしたら、それは本当に豊かな社会なのだろうかとも思います。
日本は今、円安の影響もありますが、そのサービスの高さ、衛生面、安全面から海外旅行の行き先としてとても人気があります。
ここオランダでも多くの方が日本旅行に行き、帰ってくると活き活きとその旅行話をしてくれます。
その様子から満足度はとても高いと感じますし、過去に訪日経験のある方も「One of the best」と絶賛するように日本という国をとても気に入ってくれています。
これは、サービスの受け手であるので、このような感想を持つのはすごく理解できます。
一方、日本で生活し、サービスの提供者となった時に、その要求の高さに驚かされる外国人は多いようです。
欧州の「80点のサービス」と「日曜日の不便さ」の裏側には、「自分も他人も、労働から解放される権利」への強い意志があります。
「便利さ」と「自由な時間」は常にトレードオフであることを改めて感じた日曜日の静寂さでした。






